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2007年1月30日 (火)

最高裁判決に対する声明

最高裁判決に対する声明

 12月1日、最高裁は高嶋教科書訴訟の上告棄却を決定した。
 広島県教職員組合は国の教科書内容への介入をさらに強めることとなる今回の決定に強く抗議する。
 1994年文部省(当時)は高嶋教授に対し福沢諭吉の「脱亜論」・天皇死去報道・湾岸戦争と情報コントロール(メディア操作)・掃海艇派遣の4つの内容に対し削除を命じた。政府の考えにあわない記述は認めないという検定制度は大きな問題がある。横浜地裁判決もこの検定の一部を違法と認定している。
 来年度からの使用が許可される扶桑社の社会科教科書の原爆記述を見ると「8月6日、アメリカは世界最初の原子爆弾(原爆)を広島に投下した」とだけであり、核兵器に対する警鐘はどこにも見あたらない。原爆犠牲者数の記述も、被爆者の手記もなく被爆の悲惨な実相を伝えようとしている他の教科書の記述と大きな相違を見せている。このような教科書が検定に合格している事実を見るだけでも現在の検定制度の欠陥は明らかである。
 諸外国で教科書検定制度を採っている国は少なく、良識ある出版社が自由に出版する国々が多い。教科書の採択権も教職員に大きく委ねられている。
 広島県教職員組合は今回の最高裁の上告棄却決定に強く抗議するとともに、教科書検定制度の改善・廃止。教科書採択を現場教職員に委ねることを強く求める。              2005年12月1日            広島県教職員組合  執行委員長 山今 彰

【声明】 高嶋教科書訴訟最高裁の不当判決に抗議する
 最高裁第一小法廷(横尾和子裁判長)は、12月1日、高嶋教科書訴訟に対し5人の裁判官全員一致で、原告高嶋氏の上告を棄却する判決を言い渡した。このきわめて不当な判決に対して怒りを込めて抗議する。
 高嶋教科書訴訟は、一審の横浜地裁で4つの争点のうち2つの検定意見が違法なものとされ原告が一部勝訴していた。一つは、福沢諭吉の「脱亜論」に対比させた勝海舟の『氷川清話』の引用について、大幅に改ざんされた文献を根拠にして検定意見をつけたのは学説状況の把握が不十分として違法な検定とされた。もう一つは、湾岸戦争時の掃海艇派遣に関して、「東南アジア諸国から事前に意見を聞いて欲しかったという声が相次いだ」という記述に、「低姿勢過ぎる」と言ったのは検定意見であると教科書調査官自身が横浜地裁で認め、裁量権を逸脱した違法な検定とされた。東京高裁は、この一審判決を破棄して、国側を全面的に勝たせる不当なものであった。最高裁・横尾判決は、この東京高裁判決をなんら具体的に検証することなく全面的に容認するものである。

 横尾判決は、家永教科書裁判第一次訴訟の最高裁・可部判決(93年)と第三次訴訟の最高裁・大野判決(97年)の「看過しがたい過誤」を検定の違法性の基準に使っているが、可部判決は個々の検定意見を具体的に検証することなく、いわば、文部省は多少の根拠があれば検定は何をやってもいい、という意味で「看過しがたい過誤」を使った史上最悪の判決であった。それに対して大野判決は、検定意見を具体的に検討して「看過しがたい過誤」があるかどうかを厳密に検討して、4点にわたって違法性を認めたのである。「看過しがたい過誤」という基準の適用の仕方は、可部判決のやり方ではなく、4年後に出された大野判決のあてはめ方が可部判決を修正した最高裁の判例なのである。したがって、最高裁第1小法廷は大野判決に基づいて「看過しがたき過誤」を適用するのが普通の裁判の
やり方である。大野判決の基準で判断すれば、少なくとも横浜地裁が違法とした二つの検定例は違法なものするのが当然である。そのことを無視した横尾判決は明らかに不法である。
 判決文はわずか18ページの薄っぺらなもので、しかも最高裁としての判断らしきものは2.5ページ程度しかない。その判断は、高裁判決の欠陥を全てそのまま容認し、適法としている。この程度の判決を書くのに3年半もの歳月が必要だったとは、とうてい思えない。検定意見が合法か違法かを真剣に検討・合議するために時間を使ったのではなく、国側を勝たせる(上告棄却)という結論が先にあって、判決を言い渡すタイミングを、政治情勢の動きを様子見していたとしか考えられない。その意味でもきわめて政治的で悪質な判決だと断ぜざるをえない。
 私たちは、こうした重大な欠陥と問題だらけの最高裁・横尾判決に対して、今後も批判と抗議を続けるとともに、すでに、様々な問題点が露呈してきている検定制度や採択制度など教科書制度の改善に向けて、引き続き活動を強めることを表明する。
  2005年12月5日       子どもと教科書全国ネット21常任運営委員会

高嶋教科書訴訟・最高裁判決に対する北教組見解

 12月1日、最高裁第一小法廷(横尾和子裁判長)は、高嶋教科書訴訟に対して上告棄却の判決を下した。この不当判決に強く抗議する。
 原告の高嶋伸欣さん(沖縄・琉球大学教授)は、前任の筑波大学附属高校教員時代の1992年、教科書検定で「新高校現代社会」の執筆を断念させられた。当時の文部省が福沢諭吉の「脱亜論」・天皇死去の際の報道・湾岸戦争と情報操作・掃海艇派遣などについて削除を命じたことによるもので、高嶋さんは「執筆を断念させられ、精神的な苦痛を受けた」として、1993年6月、横浜地裁に国家賠償を求める訴訟を起こした。1998年4月に「脱亜論」・掃海艇派遣の2点で勝利したが、2002年の5月の東京高裁で全面敗訴となった。
 「高嶋教科書訴訟」は、原告が高校現場での授業実践から教科書を執筆したものであり、これを全面否定する反教育的な検定に対して、学校における「教育の自由」を求める教科書裁判である。また、「高嶋教科書訴訟を支援する会」は、この裁判闘争を通して、強まりつつある「歴史修正主義」の動きを止めるための運動を全国各地に広げてきた。
北教組はこれまで、高嶋さんと「教科書検定・採択の問題点」についての学習会の開催や、とりわけ2006年度使用の中学校教科書検定・採択にあたって、「4.23教科書問題を考える道民のつどい」「どうする教科書!北海道7.2札幌・十勝集会」における講演・問題提起などをとおして、「民主的な教科書採択」に向けて連携したとりくみを強化してきた。また、「支援する会」とともに、最高裁への「口頭弁論開催・高裁判決破棄」を求める要請署名に組織をあげてとりくんできた。しかし、口頭弁論が開かれることもなく、事実審理の不十分な二審判決を追認した最高裁判決に対して厳しく糾弾する。
本訴訟において、検定意見の文書化など制度を一定程度改善させてきた。しかし、この間の教科書検定・採択をめぐっては、戦争を賛美し歴史を歪曲する憲法・教育基本法改悪を視野に入れた極めて問題ある教科書が検定合格したばかりか、現場教職員の意見を排除・軽視して教育委員会が採択するなどの問題も生じている。
私たちは、当面、「高嶋教科書訴訟を支援する会」など民主的諸団体と連帯する中で、保護者や子ども、さらには教育に直接携わっている現場教職員の意向が反映される民主的な教科書検定・採択を求めるとりくみを強化していく。
   2005年12月 6日         北海道教職員組合中央闘争委員会

高嶋教科書訴訟・最高裁横尾判決に抗議する

 12月1日、最高裁第1小法廷(横尾和子裁判長)は、高嶋教科書訴訟に対して上告審を棄却する判決を下した。神高教は1993年の提訴以来、家永教科書訴訟の成果を引き継ぎ、教育の自由をまもり教科書検定をつうじた教育の国家統制にこうする裁判として一貫して支援してきた。今回の判決は弁論を開くことなく東京高裁の判断を追認するものであり、到底容認できるものではない。
 最高裁が追認した東京高裁北山判決に対しては、すでに多くの問題点が指摘されている。勝海舟の『氷川清話』の引用を不適切とする検定意見は検定意見の根拠となった文献自体が改ざんされたものであることが研究者から指摘されている。また、最高裁横尾判決は福沢諭吉と勝海舟のアジア間の比較というテーマに対して、「高校生には無理」との断定を下しているが、この原稿は原告高嶋さんの長年に渡る高校教育現場での実践をもとにしてかかれたものである。だからこそ、最高裁は口頭弁論を開き、教育論や教育実践の成果の中から学んだ判決を下すべきだったのである。
 教育行政は教育への統制を強めるとともに、教科書採択から現場教職員の声を排除しようとしている。保守勢力は歴史的事実をゆがめ、政治的意図を持って教育内容・教育実践への介入を強めている。さらに、憲法・教育基本法の改悪が現実の政治日程に上っている現在だからこそ、12年の多年にわたって本訴訟をたたかってきた原告・支援の会・支援者との連帯の力を糧として、「教科書・教科書検定制度の改善」、「教育の自由」、「事実と真実に基づく教育」をもとめるとりくみを今後も継続して行かなくてはならない。                                   2005年12月9日
                         神奈川県高等学校教職員組合

 高嶋教科書訴訟に対する最高裁の不当判決に抗議する

最高裁第1小法廷(横尾和子裁判長)は、12月1日、5人の裁判官全員一致で、高嶋教科書訴訟の原告・高嶋伸欣氏の上告を棄却し、高嶋氏を全面敗訴とした東京高裁の判決をそのまま追認する不当な判決を言い渡した。
本件1審判決は、教科書検定制度およびその運用の違憲は認めなかったものの、具体的な検定意見について立ち入った検討を行い、争点となった4箇所のうち2箇所について「看過しがたい過誤」があり、違法であることを認めた。第1は、勝海舟の「氷川清話」と福沢諭吉の「脱亜論」の対比のための引用を恣意的とする検定意見が、勝の談話の発表時期などを改ざんした文献にもとづくものであることが明らかになったためである。第2は、湾岸戦争後の掃海艇派遣に関して、東南アジア諸国から派遣する前に意見を聞いてほしかったとの声が出されたとの趣旨の記述に対し、教科書調査官が低姿勢過ぎないかという検定意見を口頭で述べたことについて、いかなる検定基準にもとづくものかが明らかでなく、検定意見の理由が不明確だと判断されたためである。
ところが東京高裁は、1審法廷で明らかになった事実を無視し、とくに第2については、調査官自身の証言にも反してこれを検定意見ではないと強弁し、本件検定をすべて適法とした。
今回の最高裁判決は、上告以来3年半におよぶ歳月を費やしながら、検定制度そのものの問題点はおろか、争点となっている検定事例についてなんらの具体的検討を加えることなく、わずか12ページの簡単な判決書をもって、東京高裁の根拠のない不当な判決を追認したのである。
高裁・最高裁を通じて、教育・教科書のありかたを真摯に問う姿勢はまったく認められず、ひたすら行政の行うことを正当化し、政府の政策に対する批判を教科書から排除するという結論先にありきの不当な判決であり、私たちは厳重に抗議する。それとともに、今後の司法のありかたについて、各裁判官が真摯に反省することを求めるものである。
しかしながら、家永教科書訴訟を引き継ぐ高嶋教科書訴訟が提訴され、多くの人々の支援を得て裁判が続けられたことによって、今日の教科書制度の問題点がひろく明らかにされてきた。その結果、検定意見の文書による通知を実現するなど、一定の制度改善の成果もあげることができた。今日、「新しい歴史教科書をつくる会」の策動による教科書制度・内容のいっそうの改悪が企てられているが、私たちは、高嶋教科書訴訟の成果にもとづき、検定・採択などの教科書制度、および教科書内容の問題点をひろく明らかにし、その改善をめざして、いっそうの力をそそぐ決意を表明する。
    2005年12月8日
                         歴史教育者協議会常任委員会

 高嶋伸欣教授の横浜教科書訴訟最高裁判決についてのコメント
              浪本勝年(立正大学心理学部教授・教育法、
                         現在、ロンドン中心部のホテルに滞在中)

 最高裁第1小法廷(横尾和子裁判長)は、本日、高島伸欣・琉球大教授が教科書検定を違憲・違法と訴えていた「横浜教科書訴訟」について、「検定意見はいずれも適法」として原審・東京高裁における請求棄却の判決を支持し、上告棄却の不当判決を言い渡した。
 英国の学会における発表のため、ここロンドンに滞在していてこの判決に接し、怒りを抑えることができない。最高裁において口頭弁論が開かれなかったことから、ある程度予想されていたとはいえ、「法の番人」といわれる最高裁の人権感覚を疑わざるを得ない。このような判決しか言い渡せない最高裁は、司法権の独立を放棄し、「文部科学省の番犬」(行政の番犬)であることを、自ら告白したこととなる。
本日の最高裁判決は、政府・与党の考えている教育基本法「改正」の先取りに等しいもので、現在の憲法・教育基本法の精神からすれば、とうてい容認できるものではない。 
 

   三浦 真智(まこと)   浄土真宗本願寺派西順寺住職・元都立高校社会科教員

 予想された通りの最悪の判決であった。
 極めて杜撰な二審の事実認定をそのまま受け入れ、上告理由書にもある重要な論点である勝海舟「氷川清話」に関する検定の事実誤認にさえ言及することがない、逃げの最低裁判決であった。
 2日前に支援する会からの案内チラシで初めて知って、なんとか日程を調整して、朝6時に岐阜の自宅を出てきて、初めての最高裁の入口を迷った末に南門に辿り着いて、13番の傍聴整理券を受け取り、今回は無抽選で「ろ-4」の指定席に座らされた。
 大理石(?)を贅沢に使った超豪華な最高裁が、国民の立場ではなく、国家権力の立場に立っているグロテスクな姿を見せつけられた思いで、暗澹たる心境です。
 今後とも草の根から教科書問題・教育基本法問題に取り組んでいく決意を新たにしていますので、よろしくお願いします。                   以 上

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