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2007年1月30日 (火)

高嶋教科書訴訟最高裁判決

高嶋教科書訴訟・最高裁判決に抗議する ①

最高裁不当判決に抗議する。 1993年6月、筑波大附属高校教員であった高嶋伸欣さん(地教研会員、現・琉球大学教授)が提訴した高校「現代社会」(一橋出版)教科書検定訴訟は、05年12月1日、最高裁が「検定意見は適法」として上告を棄却した。 横浜地裁での一審判決(98年)は、福沢諭吉「脱亜論」と勝海舟の対比、湾岸戦争時の掃海艇派遣に対してアジア諸国から疑義が出された事実の二点で部分勝訴している。東京高裁での2審(2002年)では、事実審理も不十分なまま逆転敗訴し、上告していた。 この敗訴判決は、偏見に満ちた検定を国家機関が総ぐるみで隠蔽した結果である。教員免許を持たない教育の素人の検定官が検定し、教科書原稿をまともに読んだとも思えない裁判官が判決を書いた茶番劇である。杜撰な扶桑社版「歴史/公民」教科書の検定と比べて、不公正さが際立っている。 証言(意見書提出)はさまざまな方にお願いした。神奈川の高校教員・編集担当者・教科書調査官・俵義文(出版労連)・安川寿之輔(福沢諭吉のアジア認識)・高嶋伸欣・喜多明人(子どもの権利条約)・松浦玲(勝海舟)といった皆さんである。 裁判官はもちろん、弁護団も80年代からの高校「現代社会」という科目の内容をご存じなく、準備の段階では、「現代社会研究会」という事前学習会を横浜で何回か開催したこともあった。実教出版の「現代社会」副教材が脚注で「高嶋教科書訴訟」を記載したことは特記しておきたい。ただし教育学者たちは不勉強であり、象徴的には現代用語辞典の「IMIDAS」と「知恵蔵」が、一度だけ教科書裁判の項で高嶋教科書訴訟を取り上げたが、翌年には消されている。 そうした学習活動の中で、教科書という教育素材の位置づけ、福沢諭吉の『脱亜論』や勝海舟『氷川清話』(講談社学術文庫版)などを読むこと、子どもの権利条約などについて学べたことは大きな収穫であった。 12年半、私たちは闘い抜いた。最大時2500名の支援会員、126名の弁護団、家永訴訟の後継訴訟、さまざまな力添えとプレッシャーを乗り越えてここまで到達した。 

高嶋教科書訴訟・最高裁判決に抗議する ②

65年からの3次にわたる家永訴訟は教育運動のシンボルであった。しかし93年の私たちの提訴時は、多様な教育運動が躍動している時期であった。家永訴訟と同様な訴訟運動を展開できる条件はできていなかった。 教組のナショナルセンター分裂の直後に発足した私たちは、個人加盟原則を守った。大きな団体でも個人と同じ扱いにさせていただき、20名近い神奈川の「世話人」たちが運動を担いきった。団体のちからにあまり頼らず、市民運動を貫き通したといういささかの自負は持っている。 それでも地教研、歴教協、神奈川県高教組、横浜市立高教組、北海道教組、大分県教組、広島県教組、出版労連、「子どもと教科書全国ネット21」には、終始支えていただいたことに対し感謝している。 この運動に関わって得ることができたさまざまなちからを今後の活動に生かしていきたいと考える。全国の会員の皆さん、そして外側から支援して頂いた多くの皆さんに感謝致します。ありがとうございました。 (高嶋教科書訴訟を支援する会・○○○)

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