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2007年1月30日 (火)

第一審の経過

 高校現代社会に関わる、高嶋伸欣さんを原告とする「高嶋(横浜)教科書訴訟」が提訴されたのは1993年6月11日でした。
 提訴から一審判決まで、「教科書検定資料提出」をめぐっての攻防が焦点の一つでした。検定審議会答申の内「検定意見」について、1995年3月26日に横浜地裁が提出命令をだしましたが、4月2日に国側が即時抗告しました。その後、東京高裁が原決定を取消したため、弁護団は最高裁へ特別抗告しましたが、最高裁は 高裁判断に追随してしまいました。したがって検定の基礎資料なしでの訴訟が継続され、弁護団が証人の
教科書調査官2名を厳しく尋問する形で補いました。情報公開の点でも、文部省は他省庁に比べて大きく遅れていることが明確となっています。
 高校の「現代社会」を、裁判官 はもとより、若手が多い弁護団でも御存知ないため、支援する会は「現代社会研究会」を15回組織し、高校教員が「現代社会」の教科書・副教材の実情をレポートしました。その過程で、検定を通過したのが不思議な杜撰な教科書が何点かありました。出版社と執筆者の意図が不明であり、文部省が検定段階で何をしていたのかに疑問が残ります。
 入江博邦・小林保則両氏と原告・中村幸次氏の証言の対比で、検定作業の杜撰さが浮き彫りにされました。検定資料や個人のメモである「手控え」は保存していない、検定意見は教科書調査官の頭の中にあるなど、常識では考えられない内容が証言されています。控訴審の準備書面でも弁護団がその点を皮肉っています。社会科調査官全体での合議などなく、調査官個人の思想が直接検定意見に反映するシステムであることも判明しました。
 1998年4月22日に横浜地裁で第一審判決があり、次の2点で検定意見は裁量権逸脱・乱用があり違法であるとされ、20万円の損害賠償の支払い命令がでました。

 (1)勝海舟『氷川清話・朝鮮の将来』からの引用文「朝鮮は昔お師匠様」を「都合
   のよいところばかりを抜き出している感があるので再検討していただきたい」と
   いう検定意見は、勝海舟の思想ないし考え方に関する学説状況の把握が不十分で
   あり、判断を誤った。したがってこう した誤った把握と判断に基づいて、検定基
   準に触れるとした検定意見には、看過し難い過誤がある。
 (2)「湾岸戦争時の掃海艇派遣に関して東南アジア諸国の意見を聞くべきかは疑問
   であり、原文記述はやや低姿勢であるから、見直しが必要である」という教科書
   調査官の「ひとり言」は検定意見であり、それにあてはまる検定基準がない。

 これまで記述内容に関わる4つの争点について主張を続けていたが、「教科書検定制度」に関わる憲法上の自由権、本件検定処分に対する運用違憲・運用違法の主張、文部大臣の裁量権とその範囲(違法性判断の基準)の3点についても裁判所の判断がだされました。
 憲法判断は、教科書検定制度については家永訴訟の最高裁判断が踏襲されていましたが、表現の自由の侵害について「子どもの権利条約」の観点からの新たな主張に対しては、1994年5月22日にその効力が発生したため本件検定意見には不適用であるとし、法案は不遡及であるとの原則で逃げられました。
 運用違憲・運用違法の主張については、判決は検定制度の運用において「教育に対する不当な介入を回避しようとする自制に欠け、恣意的な運用に亘り、または教育内容に対する介入の在り方、程度、方法においてできるだけ抑制的であるべきである」とした憲法的規範に反すれば、違憲状態が現出すると判断されました。検定規則をふまえ、検定審議会の手続をふんでいるから、本件は運用違憲・運用違法であるとする原告の主張は理由がないとされました。
 文部大臣の裁量権とその範囲については、検定基準という裁量基準にあてはめる際に「恣意的でなく抑制的で厳格な考慮が払われるべきである」とし、検定基準上の細項目のいずれに抵触するかを明確にする必要があるとしています。そして、検定処分等のあてはめの判定において「看誤し難い過誤がある」と判断されるときは、裁量権の逸脱として違法性を認定するという。この点は家永3次訴訟・最高裁判決から踏み込んだ物差
しを設定しており、一歩進んだ判断だと思われます。恣意的な検定を防ぐには、現状では訴訟の積み重ねしか方法がないのです。

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